光と暗の戦い
投稿者 ADMIN
作成日 2012-06-04 (月) 21:46
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光と闇の戦い6 分別力が与えられる大事な姿勢
* 霊的な戦いと癒しの働きに対して分別力は非常に大事です。なぜなら、原因が正しく分別されるとき、どう祈るべきかが分かるし、そのとき効果がある働きができるからです。
* 分別力を持つ為には、御言葉によって武装されること、また、霊的な分別の賜物が役に立ちます。しかし、何より実際、御言葉通り、実践して生きるとき分別が与えられます。      マタイ16:13-23  イエス様のペテロの話しに対する分別

1. 霊的な分別力の為には、神の言葉によって武装されることが大事です。
- 純粋な心で神様を求めているのに分別力がない場合があります。そのとき、惑わされやすいです。霊的な分別力の為には、何より真理の御言葉によって武装されるのが大事です。
- 私たちが神の言葉によって武装されればされるほど、正しくないことが見え始めます。    例) 偽造紙幣鑑識
- 霊的な分別力の賜物とは、現在、働いている霊が神の霊なのか他の霊なのかが分別される賜物です。賜物は大事です。しかし、私たちが先に、全般的な神の基準を持っているのなら…もっと多くの部分が分別できます。

2. 神の御旨を行おうとする人に、分別力が与えられます。      ヨハネ7: 17
- 分別力を持つために非常に大事なのは、私たちがその言葉通り生きることです。そうしなければ分別力はできません。沢山学ぶことでできるものではありません。   イエス様の当時のパリサイ派の人々   マタイ15:14
- 心が純粋であるのは大事です。なぜなら、分かれた心は偶像崇拝だからです。 しかし、神の道に従って行わなければ惑わしやすいし、そのすべての努力は無駄になります。 分別力を持つためには、神の言葉通り行う姿勢を持たなければなりません。
- 時には、過ちをしたり倒れるとしても、神の言葉を行おうとする生活を通して神を体験するようになります。このような生活をしなければ、すべてが理論にすぎないで分別力は与えられません。 例) ある人が、沢山学び聞いたから他の人にも勧めたりします。どころが、自分がそのような生活をしていなければ、その人を変えることはできません。  モセの杖の訓練?  出エジフト4:4,7:10

3, 分別力で大事なのは、神様の御前での私たちの姿勢です。
1) 神の言葉によって畏れおののく姿勢   -ヨシュアとサムエルのように“主よ!お話し下さい。僕は聞いております。” のような姿勢です。 このような姿勢を持って主について行くなら霊的な分別力を持つようになります。    イザヤ66:2
例) ある人が、主を知ることを願い、恵みを頂くことを求めて、集会に続けて参加した結果、ある時から祈るとき何かを見え始め、神の声も聞くようになり、賜物も現れて、他の人の為に祈ったら癒されることもありました。そうしたら、その人は主を求めることを止めて、それを利用して自分の働きを起こそうとするなら…その人はそれ以上、神を知ることはできなくなります。また、現われたことも段々消えるようになります。なぜなら、神様との関係から離れるなら分別力は死んでいくからです。従って、私たちは毎日新鮮な油注ぎを求め、持続的に主を求めることが大事です。
2) 代価の支払いを覚悟しなければなりません  - 自分に良いことは受け入れ、負担になることは受け入れない姿勢としては、霊的な分別力は与えられないし神を知ることはできません。大事なのは、神の言葉がそうであるなら、自分の人生をかけて神様に委ねていくことです。このような生活を学んでいくとき、もっと上の段階に導かれるときも従順ができます。そのような過程なし、ある日いきなり偉大な僕、信仰の人として立てられて用いられることはできません。準備は大事です。それも代価を支払う実践を通して…
3) 話すことと、分別力は異なります  - 自分は実践していないのに話すことはできます。牧師の場合は説教をすることもできます。しかし、パリサイ派の人々のように実際は知りません。従順してみなければ知らないことがあるからです。私たちが神の言葉の前で、自分自身をかける、そのような姿勢がなければ、従順も信仰もできない、分別力もなくなります。そうしたら口のみの信仰になります。
4) 正直にならなければなりません。  - ダビデは分かれない心と共に神の道を知ることを求めました。 分かれない心は、私たちが全身で神を愛することを意味します。分かれた心は偶像崇拝です。そのような心では絶対主を知ることができません。  
例) 初信者の場合は、神の言葉について行こうとしてもなかなかできない。昔の習慣も残っているし、生活の姿勢も変わっていないし、また、世の中の貪りもあり、実践しようとしても昔のやり方が出てくる場合もあり、苦しみます。そして、主の前で泣いたり、落胆したりしながら主に委ねようと頑張ります。そうしたら、従順の生活は不十分かも知りませんが…周りの人は影響を受けるようになり、その人ができた分はついて来ることができます。勿論、自分自身も従った分、信仰が成長するようになります。この人に神様がもっと大きなことを示されるなら、同じ姿勢で求めていくことによって、ますます成長していくことができます。

@ 私たちが 60%の心で神様を求めるなら 60ぐらい知ることができ、 30%の心で神様を求めるなら 30ぐらい知ることができると思うかも知りませんが… 絶対そうではありません。 私たちが 90%の心を持って神を求めても少しも知ることができません。神を知る方法は私たちの全心で神を求めるときのみです。 全心で神を求めるのに 30%ぐらい持続的に求めるなら 30%ぐらい主を知るようになり、60%ぐらい持続的に主を求めるなら 60%ぐらい主を知るようになります。

@ 神様の力は無限です。ジョウジ・ムーラは5万回のお祈りの応答を頂いた人として有名です。それだって、私たちがムーラの説教を覚え学ぶことでそのような生活ができることではありません。ジョウジ・ムーラが神を知ることは理論ではなかったです。実生活で子供の必要を満たされる神様を信頼することを学んだ人でした。それを学びましたので5万回も祈祷の応答を頂いたのです。
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