神様との親密感
投稿者 ADMIN
作成日 2011-12-17 (土) 00:54
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第3講  十字架と親しみ

* 神様と親しくなる為には、イエス様の十字架の功労のみ委ねて進み出なければなりません。一番大きな邪魔は自己義、罪責感です。

 

1. 十字架と親しみ 
* 神様は人間を親しい交わりの為に創造されました。どころが、人間がサタンの誘惑を受け善悪の知識の木の実を食べて 

から神様から離れるようになりました。神様は女の子孫として御子を送ってくださり、十字架ですべての罪を解決してくだ

さいました。 従って、私たちが神様と親しくなる為には必ず、十字架に委ねて進み出なければなりません。
@ 十字架の効力  
 初めに、関係が回復されました。   エペソ2:12-19,   12 過去は外人 / 13-18 十字架で / 19 現在は神の家族

2番目、義とされました。      ローマ3:23-24   堕落後、自分の喜びの為に過ごした? -> 清くされ義とされた!
à 神の義は?  私たちの力で成し遂げるものではありません! マタイ5:20  /  恵みで無代価で得た!  ローマ3:24

1) 再び罪の赦しの為の生贄、捧げものは要りません。    ヘブライ10:11-18

2) 関係性の中で成熟しなければなりません。   ) コリント教会1コリント1: 5 全ての賜物に豊かだったが幼いレベル

信仰の段階 : 乳飲み子段階、子供の段階、少年の段階、青年の段階、大人の段階、老人の段階 ・・・ 私たちが、

十字架で罪を勝ち抜きながら関係性の中で成長していくとき、その効力を味わいます。ß ここで神の恵みが必要!

3) 十字架での神様の赦しは、私たちが神様をもっと畏れ敬うように&愛するように導きます。  詩編130:4ルカ7:47


2. 私たちは親しい交わりの為に、毎瞬間、十字架の功労に委ねなければなりません。

(1) なぜ、私たちが十字架の功労に毎瞬間委ねなければなりませんか? ヨハネ6:53-56,  53-54 過去 / 56現在進行 

1) 救われた以後も、私たちは相変わらず自分の資源に委ねて進み出ようとする傾向があるからです。 ガラテア3:1-12
2)
私たちは、自分の基準に基づいた実り(自己義)をもって出ようとします。

- 人によって異なる基準   低い/高い = 優越感/罪責感    ヘブライ4:5,16  恵みの座に出ることができない。

- 十字架の功労を信仰によって委ねることもなく、恵みによる生活も、神の愛も知らない。 

いつも、主の前に出すものがないと思って神の前に出ようかどうか葛藤ばかりする。

à この状態が続ければ、救いの確信さえも揺れるようになる。

(2) 自己義に陥るとき、自分を誇るようになり 結局、十字架の敵として働くようになります。

* ピリッポ3: 5-6 パウロは良い家門出身、   7, しかし、それらを全部排泄物と思いました 

à 思えるべきこと!二つを同時に委ねることができません。 (肉の誇りを委ねれば、キリストに委ねることができない)

8-14節、キリストを得て、そのお方に委ね神様との親しみ、そのお方に倣うこと、恵みの下で生きることを願いました。
18
節、どころが、恵みを捨てて自己義と自分の行いに委ねるなら キリストの十字架に敵対して歩むようになります。


3. 十字架に委ねるとは、どんな意味なのか?    エペソ2章

1) 1-3節、イエス様を信じる前の私たちの姿? : 罪と過ちで死んでいた! この世の習わしに従い空中の勢力を持っている悪魔に従い!貪りで過ごした者!そして、神様とはかかわりがない怒りを受けるべき存在でした。

2) 4-6節、現在の姿?  : キリストと結ばれた者として、神の玉座の右に座っている者、神様の相続者です。昔は足りない資源で生きるべきものだったが、今はキリストと結ばれ神の子供になり、キリストが与えてくださる力で生きる権勢者になりました!  ヨハネ1:12

3) 7節、 十字架は、恵みで豊かな神様を啓示してくれます。 :  罪と過ちで死んでいた私たちを生かされた理由は  神の限りがない恵みの豊かさを来るべき世に現わすためでした。

à 十字架に委ねるというのは、毎瞬間、これを覚えて過ごすことです。


 @ 十字架による神様との親しみの為に、私たちに必要な心構え(告白)は…

1) ペトロの告白です。   私が主を愛することは主がご存知です。   ヨハネ21:15
主を3度も否認しましたがそれは肉の弱さの故だった! しかし、私は主を愛しています!十字架を掴んで!
 2) ヨハネの告白です。   私は主の愛される弟子であります。    ヨハネ21:20
ヨハネもイエス様を捨てて逃げました。しかし、主が自分を愛しておられることを知っていました。そして、自分はいつも主から愛される弟子であると一貫的に告白します!  ß これが十字架に委ねて進み出る姿です。

番号     タイトル  投稿者 作成日 照会
6 第6講 聖霊との交わり ADMIN 2012-01-06 1332
5 第5講  PLOの生活 ADMIN 2011-12-17 829
4 第4講 神の御顔を求める ADMIN 2011-12-17 849
3 第3講  十字架と親しみ ADMIN 2011-12-17 806
2 第2講 神中心的な信仰 ADMIN 2011-12-17 824
1 第1講 概要&有益 ADMIN 2011-11-24 831
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