礼拝回復
投稿者 ADMIN
作成日 2011-10-23 (日) 15:49
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[礼拝の回復2] 偽りの信仰の体系の礼拝1

* 真の礼拝の回復の為に, 先ず偽りの信仰の体系の礼拝を調べるのは、非常に大事なことです。 なぜなら、偽りの信仰の体系の礼拝は、神様とは全然関係のない堕落した礼拝なのに… 本人たちは自分の礼拝こそが神様が喜んで受け入れてくださる真の礼拝であると思うからです。

一つの例として、 イザヤ1:10-15の礼拝をみますと, 彼らはすべての礼拝を心尽くして捧げたのにも関わらず神様の評価は?

喜ばない(11), 庭のみ踏み荒らすものよ(12), むなしい捧げもの(13), わたしの忌み嫌うもの(13), わたしは耐えられない(13), わたしは憎んでやまない(14), 重荷でしかない(14). といわれました。

ß このようなことをみると, わたしたちの信仰生活で霊的な分別力がどれほど大事なのかが分かります。

* 信仰が堕落するなら分別力が暗くなります。信仰が堕落するというのは神中心から自己中心として変質されることを意味するし自己中心的な偽りの信仰の体系の3つの姿は律法主義(自分の資源で)、 人本主義(自分の方法で)、 ご利益信仰(自分の目的の為に)です。

 

1. 律法主義と律法主義的な礼拝

  * 律法主義の特徴

   - 神様との正しい関係より教理を強調し, 心の姿勢より外部的な服従を強調します。

   - また、聖霊の導きに従うことより、規例と規則に従うことを強調します。

   à そうするなら神の恵みは消えてしまい、十字架の力はなくなり、肉の業の実りのみ残るようになります。

 

 1) 律法主義には、礼拝が儀式と手順として転落されてしまいます。

- 礼拝の核心は神様との出会い、親しい交際なのに、彼らは定まった儀式、手順をまっとうすることが礼拝をうまく守ったことだと思います。 律法主義の礼拝には、神様に対する慕う, 乾き, 期待感はありません。安逸感があるのみ。  (ロイド・ジョンズ牧師はこれを死んだ正統 : 何にも期待しないし、何にも起こらない!)    黙3:17 <--> 詩篇42:1

 2) 律法仕儀の礼拝には、儀式と手順に対する外部的な服従(厳しい執行)に強調します。 

  - 神様が願っておられるのは打ち砕かれた心なのに律法主義の礼拝には嘆く心がありません。代わりに,自分たちが願っていることを神様からもらおうと、熱心に功績を積み重ねる、功労思想があります。

詩篇51:17, マタイ5:3-4, イザヤ66:2 <- -> イザヤ1:14 重荷? 数多い願い    例)ある教会の土曜日の礼拝リハーサル?

3) 律法主義の礼拝は、伝統に執着します。 それによって聖霊の火が消えられます。

 4) 真の信仰では、御言葉と生活が一致します。(マタイ5:19)  しかし、律法主義の礼拝では、神様に従うためにメッセージを聞くより、新しい情報を得る(新しい真理を悟り,感動を得る)ことにもっと関心があります。

ß マタイ23:2-3  本来のメッセージは、神の民たちの生きるべき道を提示することです。

 

2. ご利益信仰とご利益的な礼拝

  * ご利益信仰の特徴

- 自己中心的な貪りを満たすために行う信仰生活がご利益の信仰です。

- 神の民がご利益の信仰に陥るなら… 偽りが盛んでいきます。    エレミヤ5:31, 6:13

  参考) 聖書が話している祝福と命とは?   私たちが神さんと共に歩む生活をするなら、神様が命と祝福なので、私たちの生活の中に命と祝福が満ち溢れることを意味します。  ( 神様と共に歩む生活 = 神様を知り全存在で愛する生活 = 神中心的な生活 = 神様の主権的な統治に従う生活 = 神様を畏れ敬う生活 )

 

1) ご利益信仰の礼拝には、柔らかいメッセージが満ち溢れます。 イザヤ30:9-11 エゼキ22:25-31 エレミヤ23:16-22  à 聖書によれば、神の民たちが神から離れるほどメッセージが厳しくなります。   ホセア6:5

 2) ご利益信仰の礼拝には、人を恐れる傾向があります。 (人々の心を得て自分の目的を成し遂げようとして)

   - 神様を畏れようとするなら人々の評価に恐れてはなりません。   ヨハネ5:41, ガラテア1:10

 3) ご利益信仰には、真の奉仕はありません。    “紐がついた奉仕?”

   - ご利益信仰の礼拝でも沢山の犠牲と献身の姿があります。しかし、その奉仕は(自分の目的のための)条件的な奉仕であり,選別的な従順が満ち溢れます。  エレミヤ6:16-21  サムエル上15:1-31

 
@ 信仰が堕落するなら、神様は自分たちの手段として転落されます。彼らは神の道には関心がなく、ただ自分の目的を成就することにのみ関心があります。従って、それを成し遂げてくれる祝福のメッセージのみ好みます。また、神の僕たちは彼らの心を得るために、彼らの霊的な状態は問わず彼らが願う祝福のメッセージばかり伝えます。これが偽りの礼拝です。

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